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相談者の生の声
福澤友裕プロフィール写真
■ 名前
福澤 友裕(ふくざわ ともひろ)
■ ニックネーム
ふくちゃん
■ キャッチフレーズ
『福澤来たれば、福来たる!』
■ 生年月日
1978(昭和53)年3月9日
■ 血液型
A型
■ 星座
うお座
■ 干支
午(うま)年
■ 出身地
東京 → 千葉県市川市 → 名古屋 → 市川


■ プロフィール
大学卒業後、某出版社の内定を辞退して、無給からインターンをはじめる。
その後、有限会社まちづくりねっとの経営に参加。
現在、WEBコンサルタント、サクセスコーチとして多くの人々の相談に乗る傍ら、
多数の講演やラジオ番組のパーソナリティを務めるなど、その活動範囲は多岐にわたっている。

■ 略歴

1978年(0歳)
東京都で生まれる。その後、すぐに千葉県船橋市、市川市へと引越し。
1981年(3歳)
朝、三輪車で独り冒険の旅に出る。
川を越え、近所のおばあちゃんの家の庭を横切り(おばあちゃんが通してくれた記憶があるんだ)、
近所のお姉さん(小学生か中学生)に励まされながら、夕方頃、
ついにぼくは巨大な団地へと到着した……。

……というかそこで保護された(笑)
親は真っ青になって捜していたらしい。

大学生になって、そのとき住んでいた家に戻ってきたのだけど、
家から団地まで、1kmもなかった。自転車で5分の距離。
あの頃はそこまで行くのに1日かかったんだなぁ〜。
1993〜1996年(15歳〜18歳)
愛知県名古屋市での高校時代。真面目に勉強したのは、1年生のときだけ。
2年生になるとき、文型と理系の選択で理系を選び、
共学なのに女子がいない男子クラスとなり、ほぼ学級崩壊(笑)。
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」状態となる。

当時、柔道部に在籍していたのだけど、真面目にやるはずもなく、
部室で麻雀、スーパーファミコン(当時、プレイステーションはまだ出たばっかり)の日々(笑)。

結局、先生に見つかり(妙に電気代がかかっていたらしい……)、
男子は全員クビ(アホだ〜)。 
無事卒業するも、大学は見事全滅……(涙)。
1996年〜1998年(18歳〜20歳)
2年間浪人生活をおくる。
当時からちょっと人生について悩むようになる。それまでは、本当に何も考えずに生きてきて、
中学を卒業したら高校へ。高校を卒業したら大学へ。大学を卒業したら社会人にというような
ありもしない世間が作った見えないレールを無意識に進んでいた。

自分で生きてるようで、自分で生きていない。
ベルトコンベヤーに乗せられて、運ばれる工業製品のようだった。

そんなことを考えていたぼくは、当時、心理カウンセラーになりたいと思った。
人の痛みがわかる人になりたいって思っていました。

……そんなことを考えつつも受験勉強はぜんぜんやる気がなく、ほとんど麻雀をしていた。
当然、大学には落ちまくる。その数およそ30校(アホアホですなぁ〜)。

1998年(20歳)
淑徳大学に何とか拾ってもらい、親と一緒に千葉県市川市に戻ってくる。
こっちに来ると当然ながら友達がいない・・・。ぼくはそれまで本当に友達に恵まれていて、
そのおかげで、自分が見たくない現実を見なくてすんだんだと思う。

ぼくの見たくない現実。
それは家族のことで、ぼくの両親はいつも喧嘩が絶えなくて、
ぼくはその間でいつもお互いの言い分を聞きながら、「ちゃんと話そうよ!」ってことを言っていた。

そんなこともあり、「ぼくはいったい何のために生きてるんだろう、存在する意味がわからない・・・・・・」
と深く思い悩むようになり、生きていくことが苦痛になる。

そんな思いを吐き出すように、詩やら文章やら書いていた。
そんなこともあり、将来は物書きになりたいなと思うようになる。
それから2年半、欝っぽい状態となる。
その間、原因不明の(たぶんストレスだけど)胸痛や腹痛に悩まされるようになる。

1999年(21歳)
引きこもっていたわけではなく、大学には通った。
その頃、市川市の中央図書館に通うようになる。

それまで、マンガと雑誌しか読んだことがなかったが、本の魅力にはまる。

そこで、中谷彰宏さんの『大学時代しなければならない50のこと』(PHP文庫)という本
と運命的な出会いをする。
自分もストイックなことをやってみようと経済の勉強を始める
(今思うと、本当の意味で勉強をしたのはこれが初めてだったかも……)。
2000年(22歳)
立教大学経済学部経済学科に3年次編入学する。
このとき受けたのは立教大学1校のみだった(人生って不思議だね〜)。

「環境を変えれば人生は変わるのかな?」と思ったのだけど、そうでもなく、半年くらい
欝っぽい状態を引きずる(実際はその後かなり変わったなぁ。結果ってすぐにはでないんだよね〜)。

その頃、衆議院議員選挙があり、知り合いの政治家のボランティアをする。
選挙後、「インターンをやらないか?」と誘われるが断る(もしここで、
インターンをしてたら、起業家ではなく、政治家を目指していたかも……)。

そして、秋。

その頃から何となく、欝っぽい状態を脱したように思う(どうすれば欝っぽい状態から脱出できるのか?
ということを知りたい人がたくさんいれば、別に書こうと思います)。
2001年〜2002年(23歳)
市川市の立教のOB会で、現役生の会を設立して代表となる。
このことが後の人生に大きく影響してくるのであった……。

就職活動で、マスコミ業界(主に出版社)を目指す。
「編集者になって、将来的には作家になる!」というのがその頃のビジョンだった。

……が、当然のように落ちまくる(涙)。
50社以上落ちるが、諦めが悪いため、出版社を目指して就職活動し続ける!

11月末頃、母親から、ある新聞記事を見せられる。
『大学生が地域の問題を解決しようとまちづくり会社設立!』
その記事こそが、有限会社学生ネットまちづくり(現有限会社まちづくりねっと)との最初の出会いだった。

その後、メールで連絡をとってメンバーと会い、学生の会議に参加するようになる。
メンバーを支援していた会社でインターンをするようになる。

そして、12月。ついに某出版社に内定!
しかし、内定をもらったものの、そのまま出版社に行くか、
それともインターンを続けるか迷う。

「このまま出版社に行ったら、オレはサラリーマンとして、
終わってしまうのではないか?」不意にそんな思いがよぎり、
インターンを続けることを決意する。

ちなみに、その出版社の初任給は約23万円。
インターンは交通費のみ支給でした……(涙)。
そして、共に就職活動でマスコミ系を目指した彼女とも別れました(号泣)。
2003年〜(24歳〜)
インターンを辞め、市川市で学生ネットまちづくりのメンバーとして活動を始め、
現在にいたる。

■ メッセージ
大学に入るまで、ぼくは自分の人生に何の疑問も感じずに生きてきました。
それはそれで楽しく、いい思い出です。

でも、自分の人生を生きていたかというと、そうではなかった気がします。
ただただ見えないレールの上を歩いていただけでした。

大学に入ってからは、精神的にかなりのアップダウンを経験してきました。
もう消えてしまいたいと思ったこともあるし、
周りの人たちのあたたかい思いにふれて、ハートが自由になった感覚を味わったこともあります。

ただひとつ言えることは、後悔してないってこと。

自分で選んだ人生だから。

(大学に入ってからは)自分で自分の人生を選んでこれたということです。

人には、いろんな環境や条件があります。

でも、そういったことに関係なく、
誰もが、自分らしい、自分だけの、思ったとおりの、
オンリーワンの人生を生きることができるって、ぼくは信じています。

そんな自分らしい人生を生きようってがんばっている人たちを
WEBコンサルタントして、サクセスコーチとして、ずっと応援していきたいと思っています!



■ 趣味
読書(ビジネス書・コーチングなど)、フットサル、
カフェ探索、ラジオでパーソナリティとして話をすること。
■ 特技
家庭料理【どうすれば料理を作れるようになるのか? ということを知りたい方が
たくさんいたらそれも書きます(笑)】。
■ 好きな作家
中谷彰宏落合信彦
■ 好きなアーティスト
Mr.Children長渕剛
■ 好きな本
大学時代しなければならない50のこと」(中谷彰宏)
アメリカよ!あめりかよ!」(落合信彦)
ケネディからの伝言」(落合信彦)
60分間・企業ダントツ化プロジェクト」(神田昌典)
エンパワーメントコミュニケーション」(岸英光)





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